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共産主義の名残は・・・?(東欧総括) [東欧]

今回のテーマ?だった旧共産圏を見たかったという点。
ルーマニア以外は、驚くほど発展していてあまり旧共産圏と言う気がしなかった。

2004年にEU加盟を果たした、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、スロベニアの5カ国は、ドイツ、オーストリア等の中欧の延長という感じだった。インフラ、衛生、治安、どれも問題なし。きっと、EU加盟に向けて相当頑張ったんだろうなというのが感じ取れる。
ただ、まだユーロが導入されていないので、各国独自の通貨があり、まだ物価も西側に比べると安かった。

今回、共産圏の名残を感じたのは、旧東ドイツ側とルーマニアである。ルーマニアは、実質的な民主化への動きが遅かったため、インフラ、人、建物などあらゆる点において、独特の雰囲気を漂わせていた。東ドイツの方は、特に旧西ドイツと比較すると今でも同じ国とは思えないくらい、さびれたさみしい感じが否めなかった。それでも、旧西ドイツ側からの多額の税金が復興のために投じられたそうだが。

会った現地の人から共産党時代の話を少し聞けたのは貴重だった。みんな、口をそろえて
「最悪の時代」
と言う。自由が抑圧され、必要な生活物資すら手に入らなくなるくらいの困窮状態。自分には想像もつかない。でも、その「最悪な時代には絶対に戻りたくない」、という人々の強い意志が今の発展を作り上げたのかなとも感じる。
今は華やかさを取り戻したプラハもブダペストも、当時は灰色だったのかもしれない。

もうちょっと共産主義の名残が強く残っているのを期待していたが、でも全体として旧東ドイツを除いては、「未来への明るさ」のようなものが感じられたので嬉しかった。もちろん、発展の陰で格差が広がったり、問題も色々あるとは思うが、でも旅で垣間見た東欧の人々の生活はちょっと明るく見えた。


東欧ドライブ事情 [東欧]

ルーマニアを除き、レンタカーで回った我々。
旧東ドイツを除き、行く前は道路情報は全くなし。
でも、何とかなった。というか、全然大丈夫。
アジア(中国、タイなど)とは比べ物にならないほど状況はよい。
一応、各国の運転事情について。

旧東ドイツ
基本的に西側と同じ。アウトバーンはスピードが速いが、たぶん普通の人なら大丈夫。私みたいに運転が上手くもないくせに、無理して余分な車線変更しなければ。(苦笑)
ただ、工事中の道路が多く、車線が急に狭くなる場所が多い。
あと、すべてドイツ語標記、しかもアウトバーンの入り口には東西南北の表示ではなく、地名で出てくる。例えば、名古屋方面、みたいな感じ。日本と同じだ。なので、目指す街が、どの大都市の近くか確認しておかないと運転しづらい。
あと、出口のAusfahrtのサインが出てきたあと、実際の出口が出てくるのが異様に速い(ように感じた)。スピードのせいもあると思うが。そんなわけで、降りそびれることが数回あった。

ポーランド
ここが一番運転しやすかった。
しかし、残念なことに高速道路はあまり発達していない。
ただ、英語標記あり、かつ見やすい!
大きな街の途中にも道路がわきに、休憩どころ、宿が多くあり、車で旅をしやすい。2人でアメリカの道路に似ているね。と言ったいた。
あと、ドライバーがとても親切。スピードの取締りをやっている地域では、対向車がパッシングして知らせてくれる。
ちょっと注意なのが、対向車が来ていても追越しをやること。2車線に一時的に3台車が並ぶこともある。でも慣れれば問題なし。

スロバキア
山岳地帯なので、アップダウン+山道が多い。
有料道路用のチケットを事前に購入の必要あり。

ハンガリー・チェコ
特に不便は感じない。
有料道路用のチケットを事前に購入の必要あり。

スロベニア
高速が一番発達している。運転しやすいし、景色がよい。旧ユーゴの一部だったのが信じられないほどの発達ぶり。

オーストリア
ドイツとほとんど同じだが、速度制限(130キロ)がある分運転しやすい。山岳地帯は、坂道が多く、馬力のない車は少しつらい。
有料道路用のチケットを事前に購入の必要あり。

と、こんな感じ。

今回は一つ大きな注意事項があった。それは車の盗難。

東欧では車の盗難が多いため、レンタカー会社では高級車での入国を禁止しているところもある。借りる時に、盗難に注意するよう念押しされる。

そんなわけで、いつもSecurity Parkingがある宿に止めることになる。この点には細心の注意を払った。

ポーランドのクラクフのインフォメーションで、今日はもう2台被害届けが出ていてねー、と聞かされた時にぞっとしたのを覚えている。

今回は、フォードのフォーカス(1600cc)でまわった。欧州向けなので、アメリカ国内のフォード車と違い、ステアリングが固く、カーブが多い道も運転しやすい。ただ、馬力がないので、坂道が飛ばせなくつらいことも。アクセルを床いっぱいに踏み続けなければならず、ちょっと疲れた。
今度は2000CCぐらいの車でまわりたい。


ドラキュラ [東欧]

ルーマニア観光の最大にして唯一の売り?とも言えるドラキュラ城。かなり期待していたのだが、かなり期待外れだった。
詳細は、主人のブログをどうぞ。
http://blog.so-net.ne.jp/ken_n/2005-08-22

やはり、こういう伝説って、空想のまま完結するのが一番かもと改めて感じてしまった。(笑)

期待し過ぎる分、実物をみると何か現実に引き戻されてしまう感がある。

ところで、ルーマニアではドラキュラにちなんだテーマパーク建設なども検討されているとか。うーん、かなり微妙。

まあ、何はともあれ、実際のモデルが存在し、そのすみかが残っている点では価値が高いのかなとも思う。

何だかんだ言いながら、ブラン城以外にもマイナーなドラキュラ名所に計2日もかけて行ってしまった我々であった。


ルーマニア・トイレ事情 [東欧]

女性なら、旅先で気になるものの一つがトイレ、その他水回り関係。
色んな国を見ても、ここルーマニアが一番すごかった。大変という意味で。(笑)

まず、便器の座る部分が無い場合がほとんど。そんなわけで、スクワットを強いられる。もう、慣れたけど、最初は結構つらい。もちろんトイレットペーパーなどあるはずもなく、常時持ち歩かなければならない。

そして最悪なのが、何年前に掃除したの?と思うくらい、掃除した形跡がないトイレが多い。ここには書けないくらい。とにかくつらい。

中国のトイレにも衝撃を受けたが、ある意味ルーマニアのはそれを超えていたかも。。。

でも、そういうのに慣れてしまっている自分もコワイと思う。(笑)


ルーマニア [東欧]

今回の旅で一番印象に残っている国。ルーマニア。
はっきり言って何もない国。観光資源は乏しいかもしれない。
しかし、共産圏の名残が色濃く残る。まさに東欧である。

首都ブカレストを見た時には、
「うわっ、中国みたい」
と思わず声に出してしまった。
無機質な色のない建物、やたら大きい電車、殺風景な駅。無法地帯のような道路にぼろい車。ないのは毛沢東広場くらいで、以前行った中国の内陸都市そのもの。

1989年に、独裁者チャウセスクの銃殺処刑という形で幕を閉じた革命。一応民主化が始まったとされているが、つい2年前まで、共産党が支配続いており、周りの国々が発展して行く中、ルーマニアだけはあまり昔と状況が変わっていなかったらしい。

たぶん、民主化直後の他の東欧諸国もこうだったのかもしれない。今回、ルーマニアで共産主義の名残を見れたのは、とても貴重だった。
2007年にはEU加盟予定のこの国も、きっと数年で様変わりしてしまうはずだから。。。

でも、個人的には、2007年には加盟できていない気がするけど。


ブタペスト [東欧]

ここもすばらしい。オーストリア・ハンガリー帝国の栄華がしのばれる。

やはり、見どころはくさび橋。
車、徒歩両方で通ってみたが、中世の世界に入って行くような感覚である。
あとは、ドナウ川。東欧というと、このドナウなしに語れない気がするが、くさび橋の下をどかーんと流れている。

しかし、この街、運転には不向きだ。
ドナウを橋で渡るのが一苦労。一通が多くて、本当に困った。対岸に渡るのになぜか1時間くらいかかることも。
そんなわけで、2日目以降は、素直に公共の交通機関でまわった。

あとは、なぜかケバブがめちゃくちゃおいしかった記憶が残っている。


プラハ [東欧]

今回まわった都市の中で、ナンバー1だったのがプラハ。
中世の面影を色濃く残すこの街。本当に、以前は共産圏だったのか?と思うくらい華やかだ。

旧市街のからくり時計に、カレル橋というあの有名な橋。
プラハ城にも行き、塔に登った。狭い螺旋状の階段なんと250段以上。ちょっと疲れたが、街が一望できてよかった。

中世の時代にはヨーロッパの中心だったプラハ。
歴史の重みがあり、かつ非日常性が高い街だった気がする。
ちょっと別世界の気分に浸れた2日間だった。


ワルシャワ [東欧]

ポーランドの首都。ここも街の中心部が世界遺産。
ここのすごいところは、第2次大戦で、街が本当に跡形もなく廃墟となったあと、市民の手で一から復興し、現在は元の通りの姿になっていること。

ワルシャワの博物館で、市の歴史について映像が流れるのだが、特に第2次大戦時の部分は興味深い。
復興の部分も映像にある。特に印象に残っているのが、ロシアの援軍を見越して市民がナチスドイツに対して蜂起を起こすのだが(ワルシャワ蜂起)、援軍は来なかったこと。裏切られたのである。人々の無念さが伝わってくるようだった。
その他、展示物も興味深かった。

街は、典型的な欧州の町並みで、優雅な感じ。
アイスクリームがおいしかった。


ポーランドへ国境越え [東欧]

旧東ドイツで5日間過ごした後、ついにポーランドへ国境越え。果たして東欧で運転して本当に大丈夫なのか?ということもあり、かなりどきどき。道路、宿泊施設、ちゃんとしているのか??

ドイツのフランクフルトオーデルという国境の町から、ポーランドのポズナムを目指し入る。入国も昔は相当時間がかかったと聞き、かなり心配だったが。以外にもすんなりいった。パスポートにEU統一のスタンプを押される。

思っていた以上に発展していたのでとても驚いた。道路も思っていたより運転しやすい。ただ、工事中の場所がかなりあったが。道路標識も英語で分かりやすい。これはドイツ語表示しかないアウトバーンよりはるかに運転しやすい。宿も大きな町と町の間に必ず道路脇に何軒かあるので、車で旅をしやすい作りになっている。

入国して数時間で不安は消えた。かなりがらっと雰囲気が変わることを予想していたのだが、どちらかというと中欧の延長というイメージ。言葉ももともと旧東ドイツでは英語が通じなかったので、状況は同じ。

入国前のあの緊張は何だったんだろう。
もっと、すごいのを期待していたのだが、あまりの快適さに少々拍子抜けだった。


ベルリンの壁 [東欧]

壁があった頃、見どころのほとんどが壁の向こう(東側)にあった。
ブランデブルグ門、Unter den Lindenという並木道、など。

特に、ブランデンブルグ門は、統一の象徴で、何かというと映像に映し出される場所。今回、実際その場に立てて、感慨もひとしおだった。

1989年の壁崩壊から16年。復興により、私が初めて見たベルリンは西側の大都市同様の華やかさがあり、確かにドイツ、今後のEUの中心地なんだと感じさせる。でも、旧東側の路地をちょっと入ると、違う国だった空白の期間があったことを見せつけられる。無機質な同じような建物が並び、色と活気がない。

今回初めて知ったのだが、東西分裂時にも、文化遺産などは、両方が協力して復興または管理にあたっていたとのこと。
やはり、元は同じ国だったわけだし、自分たちのアイデンティティーは守りたいという自然な気持ちからなのかなと感じた。


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